吉藤グループ研究紹介

吉藤グループ研究紹介

はじめに

臨床からスタートした人は、まず、診療に邁進することが非常に重要です。研究の意義は、1年前には助からなかった患者が今は助かるようになることです。誰でも思いつくのは、「1年前には○○という薬がなかった/今は○○という薬がある」という医学の進歩です。しかし、そのような一発逆転は新薬によってのみもたらされるのではありません。「1年前には○○という疾患の○○という病態を見抜いていなかった/今は○○という疾患の○○という病態がわかっている」という疾患理解の進歩も、患者の運命を変えることができます。個人の日々の診療努力で新しい見識をつかむ。それが新たな価値を生む。これは立派な研究です。大学院とは、そのような原始的な研究を進化させ、究極的に客観性を高めるための技術と方法論を学ぶところです。

臨床と研究の両立は無理か?

現在、ますます科学技術が高度専門化し、複雑化し、高額にもなっています。それを脅威に感じ、臨床からスタートした人は、高度な実験技能を習得できるか不安になると思います。しかし、前項で述べた通り、研究マインドを持つだけで大丈夫。コラボレーションという手があります。技術よりもテーマの方が重要です。必要であれば、その高度技術を有する人を探してくればよい。経験値が高い臨床家は、臨床ニーズの「重心」を知っています。敗北の臨床経験から明日の研究課題を熟考しましょう。

自己免疫疾患の研究

我々は、全身性自己免疫疾患全般の研究を、主に網羅的な解析法を用いて、コラボレーションで行ってきました。研究の目的は、全身性エリテマトーデス(SLE)、高安動脈炎、IgG4関連疾患、再発性多発軟骨炎などの希少疾患の原因や病態が理解され、患者に貢献することです。以下、自己免疫疾患の「治癒」を目指してこれまで行ってきた研究の概要と、主な論文・報告について紹介します。

全身性エリテマトーデス(SLE)

SLEの特定疾患登録患者は約60,000人、若年女性に多く、多臓器に障害をきたします。ほとんどの患者は数十年にわたり何らかの薬剤を内服しています。

我々のグループは京都大学AKプロジェクトに参加し、平山良孝先生・奥 琢磨先生(現・アステラス製薬)のグループ、宮川 文先生(現・京都府立医科大学)のグループらと協働し、膠原病患者のサンプルを用いた研究を行いました。当時の最新技術、少量のサンプルから多数の分子を網羅的に測定できる「オミックス研究」に取り組みました。SLEに多い分子を探索し、疾患の有望な「バイオマーカー」とする戦略です。以下、代表的な報告について説明します。

 

1.  Kitagori K, Yoshifuji H, et al. PLoS One 11(12):e0167141, 2016

オステオポンチンはT細胞、骨細胞、尿細管上皮が分泌する、多機能分子です。我々のグループは、SLE 56例の尿中オステオポンチンを測定し、オステオポンチンの分解産物であるN-halfの濃度がSLEの腎症で高く、腎症の活動性と相関することを見出しました。N-halfが診断のバイオマーカーとなりうることが示唆されました。

 

2.  Kiso K, Yoshifuji H, Miyagawa-Hayashino A, et al. PLoS One 12(9):e0184738, 2017

リンパ節標本の網羅解析により、SLEリンパ節の胚中心B細胞でトランスジェリン-2(TAGLN2)が高発現することを発見しました。TAGLN2がケモカイン受容体であるCCR6と共局在し、B細胞刺激でTAGLN2の発現が誘導されることから、TAGLN2が自己反応性B細胞の胚中心への移動に重要な分子である可能性が示唆されました。

 

3.  Miyagawa-Hayashino A, Yoshifuji H, et al. Arthritis Res Ther 20(1):13, 2018

リンパ節標本の網羅解析により、SLEリンパ節の辺縁帯B細胞および形質細胞でMZB1という分子が高発現することを発見しました。活動性SLE患者の末梢血B細胞でもMZB1は高発現していました。MZB1は小胞体シャペロン蛋白であり、小胞体にストレスを与えて細胞を殺す方法は確立されています。類似の方法がSLEの新規治療法となりうる可能性が示唆されました。

 

4.  Kitagori K, Yoshifuji H, et al. Lupus 28(3):414-422, 2019

SLE 18例の脳脊髄液中のオステオポンチンを測定し、①SLEの中枢神経病変において、脳脊髄液中のオステオポンチン濃度が高値であり、②感染性髄膜炎では脳脊髄液中のN-half(オステオポンチン分解産物)濃度が高値であることを発見し、脳脊髄液中のオステオポンチンが有望な診断マーカーとなりうることが示唆されました。

◆SLE研究の展望

上記以外にも、SLEの末梢血B細胞で高発現する「意外な」分子をいくつか発見しており、解析中です。また、一連のオミックスで痛感したのはI型インターフェロンの重要性であり、インターフェロン関連分子をバイオマーカーとして活用できると確信します。そのほかに、何種類かのヘルパーT細胞に注目しています。ヘルパーT細胞の中には、攻撃的な細胞と、せっせと抗体を作らせる細胞(本来のヘルパー細胞)があり、SLE患者およびSLEモデル動物の解析結果からは、2種類とも重要です。これら2種類の細胞を各個撃破する新規治療法が有効かもしれません。

 

高安動脈炎

高安(たかやす)動脈炎は特定疾患登録患者が約6,000人の希少疾患で、若年女性に多く、進行すると重大な合併症をきたすことがあります。1908年に日本から報告されました。

我々のグループは、代表の吉藤が高安動脈炎患者会の協力者を務めていたことから、全国の患者サンプルを集める研究を、寺尾知可史先生(現・理化学研究所)と行いました。当時の新しい手法、ゲノムワイド関連研究(GWAS)により、疾患関連分子としてサイトカインの一つであるIL-12/23p40を発見し、病態との関連を解析しました。その結果を踏まえて医師主導治験を計画し、IL-12/23p40を抑制する生物学的製剤(ウステキヌマブ)によるパイロット研究を行いました。さらに、厚労省の研究班に参加し、診療ガイドライン改訂版(2017)の事務局として、新しい治療指針を提言しました。以下、代表的な報告について説明します。

 

1.  Terao C, Yoshifuji H, et al. Am J Hum Genet 93 (2): 289-97, 2013

高安動脈炎379例の血液サンプルを収集し、GWASにより疾患感受性因子としてIL12B遺伝子領域のSNPを発見しました(P = 1.7×10-13)。同遺伝子がコードするIL-12/23p40は、ヘルパーT細胞の分化・維持に必須のサイトカインであり、IL-12/23p40が高安動脈炎の発症に関与する可能性が示唆されました。

2.  Terao C, Yoshifuji H, et al. Scand J Rheumatol 45(1):80-82, 2016

高安動脈炎のGWASで見出したIL-12/23p40の阻害薬であるウステキヌマブを高安動脈炎3例に世界で初めて投与し、炎症マーカーと症状の改善を報告しました。

3.  Nakajima T, Yoshifuji H, et al. Arthritis Res Ther 19(1):197, 2017

高安動脈炎と関連するIL12B遺伝子領域のSNPに注目し、末梢血単球によるIL-12/23p40の産生量が、健常人よりも患者で多く、また、疾患感受性のSNPアレルを持つ患者で持たない患者よりも多いことを報告しました。IL-12/23p40が病態に関与することが示唆されました。

 

4.  Terao C, Yoshifuji H, et al. Proc Natl Acad Sci U S A 115(51):13045-50, 2018

高安動脈炎633例の血液サンプルを収集し、GWASにより新たな疾患感受性因子としてLILRA3などの6つの遺伝子領域を発見しました。エンハンサーエンリッチメント解析により、ナチュラルキラー細胞が病態に関わる可能性が示唆されました。

 

5.  磯部 光章, 吉藤 元ら. 血管炎症候群の診療ガイドライン(2017年改訂版).

高安動脈炎を含む血管炎症候群の診療ガイドライン改訂の事務局担当として、治療エビデンスをまとめ、新規薬剤を盛り込んだ治療指針を提言しました。

 

◆高安動脈炎研究の展望

2017年にIL-6受容体阻害薬トシリズマブの高安動脈炎への保険適用が認められ、高安動脈炎の治療は大きく進歩しました。さらに治療の選択肢を増やすため、TNF阻害薬、IL-12/23p40阻害薬などの保険適用拡大が課題です。

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IgG4関連疾患

IgG4関連疾患の推定患者数は約20,000人とされます。中高年者に多く、全身の臓器の腫大や機能障害をきたします。2001年に日本から報告された新しい疾患です。

我々は、IgG4関連疾患の患者サンプルを用いた研究を行ってきました。患者で検出される抗核抗体のサブクラスを検討し、また、宮川文先生(現・京都府立医科大学)のグループらとの共同研究により、病態に関連する分子を探索しました。一方で、疾患モデル動物を樹立するために、ヒトIgG4遺伝子を導入したマウスを作成しました。さらに、全国的な疫学研究を主導し、IgG4関連疾患の治療実態を調査しました。以下、代表的な報告について説明します。

 

1.  Kiyama K, Yoshifuji H, et al. BMC Musculoskelet Disord 16(1):129, 2015

IgG4関連疾患では血清IgG4が高値となるにもかかわらず、患者の約半数で検出される抗核抗体のサブクラスはIgG4型ではないことを発見しました。患者血清中の抗核抗体とIgG4は産生機序が異なることが示唆されました。

2.  Salah A, Yoshifuji H, et al. Patholog Res Int 2017:9312142, 2017

膵サンプルの網羅的解析により、IgG4関連疾患の膵でガレクチン-3(Gal3)が高発現することを見出し、患者血清中でもGal3が高発現することを発見しました。翌年、ボストンの研究チームがIgG4関連疾患患者から抗Gal3抗体を報告しています(Perugino, J Allergy Clin Immunol, 2018)。

 

3.  Gon Y, Yoshifuji H, et al. 米国リウマチ学会(サンディエゴ), 2017

IgG4関連疾患モデル動物の樹立を試みました。ヒトはIgG4を有するが、マウスはIgG1-3しかないため、ヒトIgG4遺伝子定常領域をマウスIgG1定常領域にノックインしたマウスを作成しました。リンパ増殖性の病態を呈するマウスと交配したところ、リンパ節に多数のヒトIgG4陽性形質細胞を認め、血中IgG4濃度はIgG4関連疾患患者と同じレベルに達しました。

4.  Shirakashi M, Yoshifuji H, et al. Sci Rep 8(1):10262, 2018

多施設共同研究によりIgG4関連疾患166例を集積し、再燃に関与する因子を解析したところ、罹患期間、ステロイド初期量、ステロイド減量速度が検出されました。ステロイドの慎重な漸減が必要であることが示唆されました。

 

◆IgG4関連疾患研究の展望

IgG4関連疾患は高齢者に多い疾患であるため、ステロイドの代替になる有効な治療法が必要です。また、日本で発見された疾患ですが「なぜIgG4が重要なのか」は明らかにされていません。IgG4という分子の機能もほとんどわかっていません。これらのテーマに挑戦しています。

自己免疫疾患の治癒を目指して

人間は学習の動物であり、「忘れないこと」は価値です。忘れないための秘訣は反復することです。うっかりパソコンの大事なデータをなくしたことはありますか。頻回にバックアップをとることが大切です。そして免疫とは、2歳の時に遭遇したウイルスの分子情報を80歳まで正確に記憶する精巧なシステムです。

自己免疫疾患とは、不都合な免疫記憶を獲得することです。忘れればよいのです。特定の記憶を忘れる方法があれば、自己免疫疾患は治るはずです。下記は小学生のための、いやな記憶を忘れる方法で、自己催眠が解答のようですが、ヒントになるでしょうか。一つのアプローチで記憶をリセットできるのが理想ですが、多数の治療手段を組み合わせるアプローチが必要かもしれません。